ひとり、煙たい夜の移ろい

 目の前を通り過ぎる、道を急ぐのか小走りの女性。反対側から、ランニングに精を出す男性。ああ、あのフォームはもう少し前傾姿勢の方が――なんて思いながらその背中を見送る。
 喫煙は外で、と店のルールに規制された煙草をふかしながら、通り過ぎては去っていく人々を目で追う。
 ひとりで食べる焼肉はうまい。多くの人々におそらくは理解されないこの食の嗜好を、しかし二週に一度は楽しんでいる。
 口の中に残るバラ肉の脂っこさを、煙草の苦さで誤魔化す。この誤魔化しすら、味のスパイスになるような気がする。
 店の中ではきっと、アルバイトの店員が根性で練り上げた生クリームのたっぷり乗ったコーヒーゼリーが待っている。焼肉屋だが、デザートで出すコーヒーゼリーは絶品で鉄板だ。あれを食べるために焼肉を食いに来たと言っても過言ではない。なんなら肉抜いてゼリーだけ食べたいくらいだ。顰蹙なのでやらないが。
 何度も食べて味も憶えているのに、愉快でどこか愛おしいその甘ったるい香りを思い出しながら、煙草を灰皿の砂に埋めた。

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