明日にはもう学生ではないのだと、夜になって妙な気持ちになった。
午前一時、心ばかりが寝よう寝ようとはやる時間。明日は四時起きだというのに、遅寝がくせについて、どうにも眠れない。もう今日になっているが。
明日には学生証を失う。学割が消える。通学定期がなくなる。学生でなくなるという明日に、わたしは、もうひとつ失う。
結局思い切り寝不足顔で大学へ向かう。二時間ほどしか眠れず、切ない気持ちになりながら電車に揺られる。
立ちっぱなしとはいえ、毎日うんざりするほど乗ってきたはずの電車が、結構きついことに気がつく。電車に揺られる程度のことなのに、ああ体力が落ちたなと実感する。
とても眠い。なにかをこらえるように、濁る目の前を閉じる。
「ちょっとよし乃、めっちゃかわいいんですけどおー」
袴を着付けてもらって午前八時半。開式までに誰かに会えないかと思いながら歩いていたら、いつも行動を共にしている結子に遭遇した。
えんじに紺色をあわせ、小物で黄色を仕込む。卒業式でわざわざ予約しておいてシンプルにすべて無地なのは、申し込みが遅かったせいで選択肢がろくになかったからだ。
「そうかな、地味だよ」
「それが逆に映えていいのよ。美人なんだし、あんたはなに着ても似合っちゃうわ」
「ばか。……そっちこそ、似合ってるよ」
「なに言ってんの。あたしなんてその場の気分で決めちゃったからさ、今の気分じゃない感じ」
大振りのつばきに、すそに花の刺繍が入った紫の袴。モダンでいかにもおしゃれ、彼女らしい。
「そんなこと言いながら気に入ってるんでしょ、結子のいつものパターンだよ」
「えー」
化粧が崩れるのも気にせずに、彼女はにかっと笑う。そんな彼女が好きだ。
「あー卒業だなー」
結子が伸びをした。着崩れるよというのもかまわず、彼女は大胆に先を進む。
「楽しかったけど、なーんか卒業したくないなー」
「そうだね」
わたしはそのうしろをついて歩いた。いつもおおよそこんな感じだった。身長も大して変わらないのに、結子は大股で歩く。わたしがちょこまかと早歩きする。
「働きたくないとか、そういうのはあんまないんだけどさ」
「ふうん」
「なんか今日で人生の全部が終わっちゃうみたいな気持ちだわ」
「そう」
わたしは適当に相槌を打つ。結子はいつも突拍子もないことを言う。もう慣れっこだ。
「よし乃と会ってもう四年かー。なんかもっといたような気がする」
「そして案外短かったような気もする、でしょ」
「さすがよし乃さま」
あはは、と彼女はいつものように笑う。
唐突に歓談の時間が終わる。アナウンスが流れ、校内を同じようにうろついていた学生の間で大講堂へ向かう動きが出始める。
「よし乃、あたしたちも行こっか」
「……うん」
いつか、その手に触れてみたいと思った。
いつか、その頬を撫でてみたいと思った。
どうしてもほしいものは、きっといつも手に入らない。
わたしは今日、たいせつなものを失う。