ドール・ゲーム

20160225 性癖読解ゲーム参加作品

 マガジンを突っ込んで、リロード。
 拳銃を男性器に例えて、弾を発射する馬鹿がいるが、それは違うと思う。
 突っ込まれるマガジンこそが男性器だと、それを漫然と受け入れる拳銃こそがセクシャルな象徴だと、そう思う。

《三十分五万円。十分追加ごとに二万円。オプションは照れ屋さん》

 単純な話だ。これからからだを売ろうというのに、なにをためらうというの。
 大きめの胸に、アップにした長い髪。前開きのパーカーに、軽い素材のスカート。
 新橋の駅の前で釣った男に、今晩抱いてもらう。
「あたし、結構、高くついちゃうんですけど……」
「構わないよ、下手に安いよりは足がつかないからね」
 男は淡く赤面する私の肩を抱いた。ふわりと香る高くはないメンズフレグランスが鼻孔をくすぐる。いつか嗅いだ男の匂いはこんなに甘くなかった、なんて不思議な気持ちになる。
 品のないネオンが見えた。ビジホにしようかという男の声を断って、私たちは前払い式の一室のキーを取った。

 服を脱ぐのも億劫なように、ベッドになだれ込む。
 男のまたぐらにまたがる。むき出しのそれが鍵穴に当たった。
 ん、と嬌声まがいの声が喉の奥から漏れる。
 ――――ああ不快。がちがちに固めやがってこのおやじ。
 陰部にかぶさったスキンがちらちらとこすれるのを皮膚に感じながら、にいやりと微笑んでやる。
「おじさん」
 にこにことしながら、背中のブラジャーホックの裏と背中に挟まれたピストルを左手にとる。
「なんだいお嬢さん。自分でなかに挿れられな――」
「ああんおじさん、動かないでぇ。うっかりイッちゃったら指が間違えておじさんの頭ブチ抜いちゃうぅ」
 すらりと剥き身の銃を構え、銃口を額に当ててやる。入ってもないのにイくかよとは思いつつ、男の下腹でさまようそれを指でやわくぴんとはねてやる。

 ぞくぞくした。

「き、きさま、」
「いやだわ、貴様なんて呼ばないで。かわいいお嬢さんでしょ?」
「……貴様、どこの人間だ」
「呼ばないでってばぁ、……頑固ねぇ、もう。どこだと思う? どうせ予想ついてるんでしょう?」
 入ってもないのにイくかよとは思いつつ、からだの内側から這い上がるようななにかがひどく快感を誘う。乱暴にされるのは嫌いだった。でも乱暴にするのは大好きだった。露悪的な言葉を甘く吐くのが大の得意だった。
「貴様ふざけていると痛い目に」
「やだえっち、訊いてることだけに答えてくれないとお手手震えて間違いが起きちゃうぅ」
 あーん。私は男を下に見下ろしながら、ぺろりと上唇を舐めた。
 最、高。このほどよく太った悪くないおやじに、あたしは強い支配感を抱いた。

「おじさん、町田はご存知ね?」
 ふるえて今にも死にそうな男に、ずいと右手の口先を押しつけて答えを迫る。
「まちだ……? 知らんぞそんなやつは」
 だからはなせ。そう言いたげなおやじの鼻っ柱に銃口をぐりりと押しつけて全開で笑ってやった。男の顔がみるみる凍りつく。
「知らなくてもいいのよ、そいつの部下からもらった賄賂さえ持ってればいいんだからぁ」
 男の銃の力が失われる。私の銃がこの世界のすべてを支配している。このおやじのモノの代わりに差し込まれた弾倉が、穴を貫いて昇天する。そして声を上げる時を待っている。
 私は男の脱ぎ捨てたスラックスを持ち上げ、ポケットからしわになったパケを持ち上げた。今度こそ失神しそうな勢いで男の顔が血の気を失う。

「三十分五万円。十分追加ごとに二万円。オプションは照れ屋さん。ご入用がありましたらホテル・トライアングルまでどうぞ」

 単純な話だ。ずいぶん前に魂を売り払っているというのに、なにをためらうというの。

          *

「ご苦労」
 支配人がにこりともせずパケを手に取る。取り壊す寸前のビルの地階、私と支配人は立ったふたりだった。
 支配人はオフィスを置くのを嫌う。毎度会う場所が違うのは、オフィスを用意していないからで、だいたい夜の人気のない場所を指定してきた。今夜も例外ではない。
「支配人、そろそろ服ぐらい支給してほしいんですけど。毎度おっさんにびりびりに破かれたり変な汁かけられたりして服が枯渇する」
「……今度から報酬に色をつけておく」
「多めね。多め。たまに弾も自分で支度してるんだから」
 よろしく、と微笑む。
 おもむろに支配人は脇のアタッシュから現金を数枚引っ張り出した。
「とりあえず五枚あればいいんだろう」
「……裸? せめてお年玉の袋にでも入れて」
「かわいいポチ袋がいいのか」
「素っ裸よりまし。私が財布持ってないの知ってるくせによく言う」
 折りたたむでもなく、私はポケットに万券をねじ込んだ。支配人は相当適当だ。大雑把という意味で雑だ。ものがあればオーケーなんてそんなのは女子には通用しない。
「残りはいつも通り口座に振り込んである」
「また確認しとく。あ、支配人。今度から現金とプラスでプリペイドでいくらかほしい」
「……使い捨てか」
「そう。コンビニでお金出すの面倒なの。あたし万札だからいちいちポケットに小銭とばらついた札入れるの面倒だし。でもクレカは作るのめんどくさいし。かといって全部プリカじゃ困るし。手渡し額は同じでいいから、三枚分ぐらいプリカにしておいてよ」
「……お前はいちいち注文が多いな」
「あ、そういうこと言う。めんどくさいなら千円五十枚出してきたっていいのよ。邪魔だけど」
「…………わかった。プリカと現金で今度から検討しよう」
「実現に期待してる」
 私が知っている限り、支配人の子飼いは私ひとりだ。多少のわがままを言っても、他にわずらわしいのがいないからかだいたい実現する。
「他にはもう用はないか」
「うん、ない」
 アタッシュを脇に下げ、支配人はほこりくさいその場を離れようとする。
「あっ、支配人」
 私はまるで思い出したように引きとめる。
「……なんだ。ないって言ったんじゃないのか。一回にまとめようとか努力はないのか」
「ない。……最近、エスの仕事がないけど、いいの」
 支配人は一瞬目を見開いたように見えた。しかしまたいつもの鉄仮面に戻る。この人はいつもそうだ。顔色を隠す。

 三十分五万円。十分追加ごとに二万円。オプションは照れ屋さん。
 前半は私を利用する賃のことだ。面倒だからハニートラップの時の値段も同じだが、基本的には依頼者からも同じ賃をもらう。要するに時給ならぬ分給だ。ちなみに今回の依頼者は一週間前に依頼してきた。証拠をおさえて本命を確実に手に入れる。
 正直出来高ではないので高くつくのだが、これまで百発百中ということもあって依頼は途絶えない。支配人からもすすめられて一度にひとつの案件しか抱えないことを徹底しているうえに予約も嫌いなので、その場で受ける。それでも途絶えないというのは、きっと多少の信頼があるからだと思っている。
 支配人は私の稼ぎから数割をとる。だいたい二割だ。確認したこともないが別に構わない、つねに十分な金額をきちんと振り込んでくれている。生活できていれば多少支配人が多くがめていようと気にしたこともない。がめたことがあるのか知らないが。
 支配人はこれが本職ではない。だから取り分は少なくて構わないというのが支配人の言い分だ。
 オプションというのが仕事内容だ。依頼者にとってはけしてオプションではない。照れ屋というのはシャイ、shy――エス。雑な話だがただそれだけだ。

「どっちのエスだ」
「……あんた今日クスリの仕事させといてどっちってどうなの。間諜の方」
「依頼がないからいいんじゃないのか」
 支配人はふところをごそごそとやる。なにかを探すような仕草に、私はポケットからマッチとシガーケースを出す。差し出したシガーケースから一本抜き出し、くわえて火をつけてから支配人に差し出した。
「禁煙はもうやめたの」
「……続くと思っていたんだがな」
 ふう、と息をつくように煙を吐き出して、しばたたく。支配人は寄せていた眉をゆるめた。
「話は終わってない。知ってるのよ、あんた最近間諜断ってクスリの仕事しか回してこないでしょ」
「……」
「そんな逃げたいみたいな目をされても逃がさないんだけど」
「……お前のそういうところはよくないな」
 鉄仮面の中にひとつの表情をともして、支配人はこちらに目をやる。
「間諜のほうはお前には回さないことにした」
「だからどうして」
「知りたいか」
「ええ」
「……どうしてもか」
 えらく言いよどむ支配人を、急かすように叩く。
「いつもみたいに私に選択権がないのが不服だわ。権利侵害を申し立てる」
「……危ないからだ」
「…………んっ?! 待ってどっちも危ないわよね、ちょっ……ちょっと支配人!」
 言い逃げするように支配人はその場を足早に去っていく。私は追いかけたものの、ビルから出た時にはもう支配人の姿はなかった。

 エスとは、本来の仕事内容をさす。エスでもスピードでもシャブでも変わらないが、要するに覚醒剤に関連する案件に携わり、所持確認、回収から中毒者の射殺までを受け持っている。主にそういう、声には出せないうしろ暗いところからや、えらいところの人の身内のもみ消しによるところの要請が多い。ほかの麻薬は受け持たないことにしている。これといって覚醒剤にした理由はないが、どちらにせよひとつの薬に絞らなければ連絡が多すぎてとてもではないが受け持てなかったからだ。
 もうひとつは――これは滅多にあるものでもないが、情報収集も行う。基本的にはこちらもうしろ暗いそういう名前を口にするには危険なところをおもに扱う。こっそり情報をいただくので、間諜と呼びならわして、スパイのエスからとっているが、支配人はこの間諜の仕事をさせてくれない。
 本来得意なのはこちらなのだが、――なにか都合の悪いことでもあっただろうか。

          *

 ――近いうち、ママが動く。お前の小鳥も、しばらくやめさせたほうがいい。一本釣りのほうはともかく、定置網はなおさら。
 古巣の友人の、ここ最近でいちばん信憑性の高い教えだ。ママが動くということは、どこかで抗争が起きるということになる。どこの組かは分からないが、ママの興味の範囲からして関東で間違いはないだろう。
 部屋について、ぱちりと電気をつける。まるでカンテラのようなか細い明かりが支配人の顔を照らす。
 明かりのふもと、子供を抱いた自分の写真が目に入って、苦笑する。

 ……守るつもりがあるんだか、ないんだか。

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