ひかり散る

卒業する前に、あなたにお伝えしたいことがあるのです。

「光也」
 彼女は前を睨んだ。隣の僕など見えていないふうで、でも読んでいるのは僕の名前だった。
「なに、結衣」
「ずっと思っていたの」
「なにを」
 彼女は声をかけたくせに、それになかなか返事を返さなかった。さながら身勝手で、ちょっと、と僕は文句をつける。
「会話ぶちぎりはよくないって教授に何万回言われてる?」
「……百五十二回、うち今年度は八十四回」
「べつにそこまで詳細なデータはいらなかったけど」
「あんたそれ人のこと言えないよね」
「こら棚上げ」
 卒業式、その会場の前で、僕らはおちあった。このあとふたりで少しお高いリストランテでランチの予定なのだが。
 むすっとした僕と、むすっとした彼女は並んでいてもシンプルに違和感があって、ようするに異色だった。ゼミで関わりがあるわけでもない、部活も入ってない、学科も違う、出身に至っては大阪と北海道というこのかけ離れたふたり。
 でもキスもセックスもするような関係だし、恋人ということになる。
 周りは不思議だという。接点もないふたりがなぜそうなった。僕らにとっても不思議だけど、でもこうなるのは時間の問題だったのだから僕たちはそれで納得している。
「……光也、ずっと思ってたんだけど言っていい?」
「さっきからそのセリフもう五回は聞いてる」
「まだ三回だったら」

 卒業する前に、あなたにお伝えしたいことがあるのです。

「光也、ねえ、」
「なに、結衣」
「待たせてごめんね」
「……いいよ」
「ずっと待たせててごめんね」
「仕方なかったよ」 

「やっと、おとなになったよ」

 前を睨む。彼女が見つめるのは校門のそのむこう。学生という輝きをうしなうために、彼女はこの四年を生きた。
「ありがとう、光也先生」

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