貴女と私の人生の書庫

 神はわたしに試練を与えたもうた。これは乗り越えなければならない試練である。今まで甘え、弛み、怠けた末の結論である。
 神は怠けよとは命じられなかった。弛めとも甘えよともおっしゃらなかった。わたしが怠惰にいたのがすべての悪である。
 わたしは言い訳をした。ああ神よ、これほどまでに多忙を極め、日ごとせわしなさの増すわたしに、神ですら七日目は休まれたというのに、わたしには月八十時間の残業をせん勢いで三百六十五日働けとおっしゃるのですか。
 ああ神よ、しかしわかっているのです。これほどまでに自分に投資をしてしまうわたしはいま、悪に取りつかれているのです。悪魔の呪いがかかっているのです。

 そうでなければたかだか六畳間の部屋の模様替えをするのに推定三千冊の本の居場所確保に頭を悩ますなどなかったでしょう。

「ああ神よ。わたしにこんな試練をお与えになるというのですか」
「神は強欲を嫌うぞ娘よ」
 隣でわたしと同じような表情で立っているのは高度経済成長期、戦後復興の象徴となる東京オリンピック、そしてバブル経済期という怒涛の半世紀を生き抜いてきた母だ。母でさえ苦悶の表情を浮かべて仁王立ちしている。山のようなコミックス、文庫本、新書版、そして同人誌の前で。
「無理。これを六畳間で処理するのは無理」
「だからこのパソコンラックを亡きものにして本棚設置したら万事解決!」
「重量の話。家をこれ以上ゆがめてくれるな娘よ」
 この部屋は二階にある。すでにちょうど真下の部屋のドアの開きが悪くなっている。ちなみに被告側は否定しているが原告側の母は被告の本棚により部屋をゆがめられたとして、千冊ほどを売りとばせと訴えを起こしている。
「パソコンを勉強机に乗せろっていうの? プリンターをどこに設置するのよ!」
「捨て置け」
「殺してやる! こんな非道を放し飼いにはできん!」
 うきゃー! わたしは脳内で萌えのことしか考えられないサルであった。だが母は違った。この一軒家を設計師とふたり、設計段階から組み上げてきた歴戦の猛者であった。
 わたしの部屋は六畳間プラスクロゼットだ。クロゼットも部屋の六分の一ほどあるのだが、半分は天井までぶち抜きで本棚になっている。パソコンラックと称した棚はそのクロゼットではなく外にあり、天板に千冊近く乗っているので天板自身がたわんでいる。
 しかしこのラックにはプリンターもいた。長い付き合いの勉強机は、しかしプリンターも載せられるほど大きなものではなかった。
「ああ神よ……なぜわたしにこのような仕打ちをするのです」
 パソコンの前にひれ伏し、この悲しみに涙するわたしに、母が言う。
「お前のコレクション癖が諸悪の根源やな」
「じゃあこの本の何割が貴様の財布から支出されたわたしと直接関係のない本だと思うんだい母よ」
「八割」
「貴様が書庫を建てろ――――!」


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