ひととき

関西コミティア46 無料配布ペーパー初出

 殺してやる。
 そのぐらいこいつを憎んでいたはずなのに、どうして。

「こうなってみて、あんたが好きだったって、そんなことに気付くのがつらいわ」
 あたしは言った。もう戻ることも許されない、こいつを殺さなければ生きて帰れない。わかっている、だけど。
「殺したくないって、一言言えば俺たちはふたりで逃げられる。どこまでも、どこへでも」
 憎い。そんなことはできないのをわかっていて、あたしに言わせようとする。ずるい。あたしは泣くまいと強気で口を開く。
「いやよ。あんたを殺して自由になるの」

 殺して懸賞金を得る。それがこの国の国民の大半が糧とするシステムだ。特に技術もなにも持たない無能な人間には至極簡単だ。むやみに木を切り倒すことと、生きるために人を殺すこと。どちらが罪が重いかなんて、そんなもの千年前から知っている。
 今回この男に懸賞金がかかった。しかも一万二千ドルだ。相場の二倍近い金額が懸けられて、さらにおまけがついた。出国ビザだ。
 この国は鎖国状態にある。基本的に外交、観光、あらゆる面で様々なものを締め出している。エネルギー源も技術もすべて自国内でまかなえているので不自由はないのだが、近年技術者にも懸賞金が懸かるケースが増えた。それによって今、海外へ亡命する技術者があとを絶たない。
 技術者の亡命で、特に危機迫って食糧難になっているこの国から逃げ出したい国民は多い。しかし出国ビザが「合法殺人鬼」に出されることは少ない。他国の多くでは殺人が禁止されているせいだ。懸賞金を受け取ったことのあるものは基本的に出国できない。
 そんな中での規格外の報酬に、かつてないビザのおまけつき。そんなものが、殺しを長いことお互いに続けてきたセフレに懸かった。
 たかだかセフレだ。さくっと殺して高飛びしよう。金なら多少今までの貯蓄がある。なんなら今回の懸賞金を高飛び費用にしたっていい。
 なのに、今こうして対峙して、喉元に銃を突きつけているのに銀弾は出ていかない。

「お前に俺は殺せないと思うが」
 彼は言った。でもあたしはもう発砲せずに片づけるつもりはなかった。
 カーペットが膝に刺さる。こうやって跨るのは、ベッドの上だけだと思っていた。銃を突きつけながら、そんなことをのんきに考える。頭は案外冷静だった。
「あんたはたかがセフレよ」
「たかがセフレを撃ち殺さずにもう十五分経つぞ」
 にやりと笑う。彼はあたしをからかうのが好きだった。からかって、あたしの頬をふくらますのがいっとう好きだった。
「嫌味なやつ」
「嫌味なやつと好き好んでセックスしてたのはお前だよ」
 うるせえ黙れナニをもぐぞ。ついうっかり口に出そうになった罵倒を飲み込む。
「俺を殺せばお前は逃げられる。合法的に。でもお前は俺を殺せない」
 そうだろ。わかったふうな口をきくこの男があたしは嫌いだった。
 嫌いだ。とても嫌いだ。でも殺せない。あたしももうわかっていた。この男がこうして自分に高い懸賞金をつけられるようなことをして、そしてこの状況を作った理由を、あたしだけが知っている。
 あたしだけが、この男があたしにそそぐ愛を知っている。
「殺したいわよ……あんたがこうまでしてあたしを手に入れたいなんて、そんな」
「重い愛だろ」
 まあ出国ビザまでつくとは思いませんでしたけど。彼は勝手に砂糖を突っ込まれたコーヒーを飲んだみたいな顔をする。
「どうする、殺す? ピストルの弾なら多分右肩くらいじゃ死なないけど」
「…………そっちこそ殺してほしいならあんたの下半身で固くなってるナニ潰してあげるわ」
「それ本気で死ぬから」

 殺してやる。自分を犠牲にしてまであたしを手に入れたいこんな男なんて。
 だけどあんたを殺しても、あたしはきっと自由になれない。だから、あたしは。

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