至上の喜び

 その時、彼女は手にロープを持っていた。

 自室だった。どうしても悲しくて、どうしても忘れたくてそのロープを握りしめていた。
 彼女の部屋にはちょうどいい高さにかもいがあった。ロープの片方にわっかを作った。結び方はネットで調べた。
 絶対にほどけないわっかだった。しかも重みをかければ締まっていくわっかだった。
 彼女は静かに泣いていた。どうしようもなくて、どうしようもなく甘えただった。
 死ぬことに泣いていたのではなかった。周りに迷惑をかけるだとかいう考えはどこにもなかった。
 わっかの反対側をかもいに通して固結びした。絶対にほどけない。絶対にほどけない。

 そのロープを見つめて、彼女は現実から逃げることにひどく感動していた。
 ひとが死ぬことに理由なんてないと思っていた。でもあった。ひとは喜びを感じて死んでいくのだと、彼女はその時思った。
 理由なんて山ほどあった。でももう彼女は考えなかった。考えなくていいように、彼女はロープを買った。
 衝動的だった。勢いでロープを一メートル買った。たったこれだけで、これだけのことで死ねるのだと、彼女はこんなに簡単に死ねるのだと喜んでいた。
 さあ行こう。彼女は程よく身長のたりないそのわっかに、小さな台に乗って首にかけた。

 いい景色だった。もう十年見慣れた自室だった。お手軽自殺の方法、なんて本があったらこの方法を一番初めに乗せるべきだと思った。
 台を蹴った。

 ぎり、とかもいがうめくのが聞こえた。ごめんねかもい、あと十秒ほど頑張ってくれるとうれしい――。

 首が締まっていった。苦しくはなかった。ただ血が滞っているような気だけがしていた。
 首絞めは息ができなくて死ぬのではない、単に血がめぐらなくなって死ぬのだ。
 これは非常に心地よい終え方だった。薄れゆく意識の中、彼女は思った。


 遺書もなにも残さないままに、彼女はそれを終えたのだった。

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