代わりじゃないのに

「うんわかった、奈々に伝えとくね」
 放課後の教室。外からは運動部の掛け声や土を蹴る音が絶えず聞こえてくる。そのくせ人気なく、水を打たずとも静かな教室。わざわざ呼び出しておいて、人気のないここほど告白に向いている場所もないと思ったのだが。
「え、えっ」
「大丈夫、心配しないで。きちんと伝えるから」
「あの、あ、いや・・・」
「あとは運だよ、あの子人気だから振り向くかわかんないし、第一今まで誰にもオーケー出してないし」
 がんばー、と肩を叩かれてしまった。
「でも不思議、靖弘ったら奈々と仲いいんだから自分で言えばいいのに」
 恋心ってよくわかんないわあはは、目の前の女生徒、麻奈はそう笑った。

 そして時を数時間後にして夜。
 塾の帰りに件の奈々と帰りを共にするようになってからもうだいぶ久しい。それと同時に、腹が立ったを通り越し、一周していらいらしている奈々を見るのも久しいことだった。
「麻奈ねえが告白代理を始めてからもう半年以上」
 まるで踏んでくださいと言えとでも叫ぶようなピンヒールをかつかつ鳴らしながら、しかしよく似合っているそれを惜しげもなく力強く踏み込み歩く。
 怖い怖いとは言えず、ただ黙ってそれを眺める。というと変態染みているがそうではなく、奈々の後ろへついて行くかのように俺が歩いているからというだけの理由である。
 彼女のこんな機嫌の日に横並びで歩くなどそら恐ろしくてそんなことすることさえ考えない。
「今まで受けてきた告白代理の数は軽く百、しかしてすべて蹴っ飛ばしているのは私」
 直接言いに来るような根性なしに付き合う気はないと二重の意味で畳み掛ける。
「・・・で、靖弘?」
「仰りたいことはよくわかっております女王様」
「いつからあたしが好きだったんですかね? 一途な子犬ちゃん」
 冷ややかな瞳で見つめられる。
 そして奈々自身が真になにを言いたいのか重々承知しているのでうかつに声を出せない。
「け、ケフィアです・・・」
「当然でしょうが! なにがケフィアだ、はっきりいいえと言えっての!」
 ぐるんっとヒール先を軸にして回る。
 最近CMでよく聞くその言葉を言うだけで、付き合いの長い奈々や麻奈には否定の意思が伝わる。
 ・・・のはよくわかっている。
 第一初めに言い出したのは奈々だったので間違いなく伝わるのはわかりきったことだがしかしそんなことを考えている場合ではない。
 むーとむくれる奈々。くそ、外面よし子のくせになぜもてるのか。
 そんな悪態さえも口に出せないほどびびっている俺は、しゅーと効果音の聞こえそうなほど縮こまる。
「家帰ったら『奈々、今日は靖弘君から告白されたよ』っていうからついにやったかと思ったら『なに言ってんの奈々、代理よ代理』って満面の笑みよ! 馬鹿か!」
 今にも鉄拳繰り出しそうな奈々をおさめる。
 おさめられたのはそのいかにもやばそうな鉄拳だけで、ライフルの弾丸よろしく発射されるその怒鳴り声は止まらない。
「もうあたし、なんて顔でなんて声かけたらいいかわかんなかったわよ!」
 うがーと凶暴化した熊のごとく半狂乱になる奈々をやっぱりもう一度おさめて、俺は彼女を家へ送り届けた。

 地味な姉、派手な妹。
 一卵性の双子であるのにこうも違っているのはどうしてなのか。
 妹の奈々はゆるゆると巻いたロングヘアをなびかせて流行の最先端をいくモデルばりの美少女。
 対する姉の麻奈は人当たりはいいものの、近眼なためフレームの眼鏡をかけ、さらに着崩さないピシッとした制服とみつあみのせいでただの告白ぱしりにされている。
 無論シスコンを自負する妹がそれに腹を立てないわけがなく、姉をぱしってきた男たちに裏で色々とやき入れているらしいことは以前聞いた。
 それでも無自覚な姉はぱしられてもいやな顔ひとつせずすべて妹の奈々へ報告し、それをいいことに男たちも利用している。
 悲しい。俺がそう考えるのは馬鹿なことだろうか。
 好きな女が女の幸せもなにも知らずに、と思うのは男としておかしいと思われるだろうか。
 ずっと好きだった。
 眼鏡をかけていてもみつあみがおもばったくても、誠実で真面目なまでの徹底ぶりでも、俺は麻奈は綺麗だと思う。むろん脱がして綺麗にするなんていう楽しみもあるのかもしれないが、俺は素のままの麻奈がいいと思う。
 いや、素のままを愛してるとかくさすぎて言おうとも思えないが。
 俺が欲しいのは、ずっと欲しかったのは。
 ああそういえば、と憤慨したように歩いて行く奈々を見つめて思う。

 ただ幸せそうに笑う麻奈は、どこへ行ったのだろう。

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