締切は誰がために

02:星企画

「さあ諸君、今日は言葉について考えようか」
 勢いよく開け放したドアの向こう、部長の朝倉海理は堂々と宣言した。
「いつも考えてますよ部長バカですかバカですねそうだった忘れてましたあはははは」
「部長も早く席に着いたらどうですか、鬱陶しいです」
「りっちゃん部長、早く屍になったらどうですか」
「黙れ部長風情が」
「海理、お前どうでもいい話の前に原稿やれよ」
 部屋の中にこだますのは、罵倒と一心不乱にキーを叩く音のみである。

 百数年の歴史を持つ我が校の文学部。
 作家志望の有望株から趣味程度のケータイ打ちまで、総勢五名。
 少ないだけに日々ゆるゆると文字を書き、あるいは打ち、あるいは読み、自分の中の糧を成長させる。
 活動は平日午後六時まで、土日は朝九時から六時まで。
 自由参加、何時に来てもいいし、週に一度顔出すだけでもいい。
 フリーダムだがある程度実績はあり、毎年全員で各々好きな小説賞に応募する。
 出版社へ持ち込む生徒も多数。
 やる気があり、活気に満ちている珍しい文学部―――。

 というのが表の顔であるのはある種周知の事実である。
 上記のような雰囲気は去年までで、今のところもっと殺伐としている。
 作家デビューしている生徒ももちろんいるし、していなくても各自ある程度の締切を持って様々な原稿に取り組んでいる。
 出版社持ち込み用や大賞用と様々だが、じつは全員がオンライン作家という部活である。
 もちろんオンラインで自分で書いているものに締切などない、が。
 それが全員、オンラインで個人主催が開催している企画に参加しているとしたらどうだろうか。

“02:星”
 それが企画の名前である。
 02というのはこの企画が主催サイトの二度目の企画にあたる通し番号である。
 星をお題に、フリーダムに書けというのがこの企画の趣旨。
 まったりのんびり、気が向いた時に、少ない字数でも歓迎。
 それがこの企画のゆるくいいところなのだが。

「そんなまったり書けるかあああああああだったら締切なんか設置すんなバ――――――――カ!!」

 一月末。
 締切は既に一週間を切っており、それまで冬コミ用の部内合同誌と学内配布用の原稿と製本をせっせと準備していたゆえにこの企画の原稿が遅れた。
 この企画は参加表明がないという珍しいタイプの企画で、別に無理に企画参加する必要はない。
 ―――が、これだけはそうは言っていられない。
 全員で参加したいと言い出した部長命令によるものなのである。

 わざわざ三年生の最終登校日が締切の企画を狙って。

「ちょっとりっちゃん部長、そこで遊んでないで早く原稿あげたらどうなんです」
 画面とにらめっこして必死にタイプしながら怒ってくるのは部内最年少、唯一の一年生春乃である。
 三年生の最終投稿日は一月三十一日、奇しくもオンライン企画の最終締切。
 部長の海理が参加しようと言ったのは年末。
 その段階ですでに原稿申込締切残り一ヶ月を切っていたのである。
「俺はもう上げた」
 飄々と言い切る締切ブッチ常連の部長。
「嘘ついてもわかるんですよ」
「だからもう上げたって。嘘じゃねーよ」
「お前本気で言ってるのか海理」
 やはりここで疑ってくるのは部長を除き唯一の男子部員、三年の類。
「マジだよ」
 そう言ってやたらと疑ってくる部員にUSBメモリを差し出す。
「星企画、お題星の解釈自由。きっちり三千字のショートショート」
「・・・うわ・・・あの海理が・・・」
「海理先輩どうしたんですか・・・」
「普通に書いた。やりやすかった」
「家でもやったのか?」
「っていうか家でやった。一晩で上がった」
 戦慄する顔でこちらを見る部員四人を、部長である海理は自慢げに見つめていた。

「りっちゃん部長、一体どんな手を使ったんですか」
 プロットもなしにあげるのはいつものことですけど、と春乃は夜道のさなかに視線を上げる。
「別に、普通に書いたってば」
「普通に書いてたら普通に締切ぶっちぎるりっちゃん部長の普通ってどこにあるんですか」
「この世にはいろんな基準の普通があふれているというじゃないか」
「お願いします一般常識的な普通をください」
 呆れてしまったのか、顔をそらされる。
 午後七時。外はもう真っ暗で、空には星が輝いている。
「俺らもう引退だろ」
 星座を目で追いかける。冬の大三角はどこだろうか。
「だからさ、なんか締めぐらいきっちりやりたかったんだよな。いつもどおりも大事だけどさ、なにか最後らしいことがしたかったんだよ」
「なんですかそれ」
「んー?」
「もう部に遊びにこないって言いたいんですか」
「ちがうよ。でも、俺と類は引退だろ。もう現役文学部員じゃなくなる」
「・・・りっちゃん部長」
 ぎゅうと制服の裾を引っ張ってくる。さみしい時にやるいつものやり方だ。
「春乃」
「やだ、りっちゃん部長引退しないで」
「そうもいかねーよ」
 いつまでも部長でいられないだろ、そうごちて春乃のその手を握った。
「それに春乃にいつまでも部長部長呼ばれるのもつらいもんあるぞ」
「りっちゃん部長」
「おい」
「りっちゃん部長好き」
「あっそ」
 ぽんぽんと頭をなでてやっていると、うりゅっと顔を崩した。
「やだああああああ引退やだああああ」
「春乃落ち着け」
 ほいほいと今度は背中をなでてやる。頼む、こういうのは苦手なんだ。・・・苦手なの!
 なんと声をかけるべきか、このいとしいバカをどう抱きしめてみるべきか少し悩んで、
「また遊びに来るよ。類は就職だからわからねーけど、俺は四大だし」
「うー」
 海里の胸の中に収まって駄々をこねる春乃。そんなところもまた、かわいい。
「それにお前とはまだこれからいっぱい会うだろ。別れる気はないからな」
「りっちゃん部長かっこいい好き」
「はいはい。お前もそろそろ海理って呼んでよ」
 なー春乃、とねだってみるも、
「引退まではりっちゃん部長だもん」
「じゃあ早めに引退するかな」
 都市の光害でどこか明るい星空を見上げて背伸びしてやると、少し焦って春乃が俺のバッグを引っ張った。
「海理さん好き」
「おい」
                            Fin.

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